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東京地方裁判所 昭和27年(レ)2号 判決

二、被控訴人等は控訴人に対して別紙目録<省略>記載の家屋中同記載の各室よりそれぞれ退去して同各室を明渡すことを要する。

三、控訴人その余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人等の負担とする。

五、本判決は第二項に限り仮りに執行することができる。

二、事  実

控訴人は控訴の趣旨として、主文第一、二項同旨および訴状送達の翌日である昭和二十六年十月二十一日以降別紙目録記載の家屋(以下本件家屋という。)の各室を明渡済に至るまで別紙目録記載のような割合による損害金を支払うことを要する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人等は控訴棄却の判決を求めた。

事実関係として控訴人は、無断転貸の理由を附加して、本件家屋は控訴人が訴外滝本亀吉に対し昭和十五年三月賄付下宿業を営み下宿人に自炊をさせないという特約の下に賃料一ケ月金四十円毎月末日払期限の定めなく賃貸したのであるから、右訴外亀吉が控訴人の承諾なく賄を廃止しアパート式貸間として間借人に自炊を許すことは右特約に違反し、ひいては民法第六百十二条に牴触する無断転貸をしていることに帰着すると陳述し、なお、昭和二十五年一月以降右訴外亀吉との約定賃料は一ケ月金五百円に改定され、その後地代家賃統制令に基き、統制額が改定され、昭和二十六年十月一日から昭和二十七年三月三十一日までは一ケ月金千四百十八円、同年四月一日から同年十一月三十日までは一ケ月金千三百二十円、同年十二月一日から昭和二十八年三月三十一日までは一ケ月金千九百七十三円、同年四月一日以降は一ケ月金千九百八十五円の各割合となつた。よつて右訴外亀吉との間の本件家屋の賃料もその都度右統制額まで値上げされたものである。しかるに賃借人である右訴外亀吉は昭和二十六年十月分以降二十八年五月分までの賃料を支払わないので、控訴人は昭和二十八年六月二十六日附翌二十七日右訴外亀吉に到達した書面をもつて、右期間の前記割合による延滞賃料合計三万九百三十円を四日以内に支払うべく、もし支払わないときは賃貸借契約を解除する旨の催告並びに条件附解除の意思表示をなしたが、同訴外人は右催告期間内にその支払をしなかつたから、前記賃貸借契約は昭和二十八年七月一日の経過と共に解除となつた。よつて控訴人は被控訴人等に対し所有権に基き各々その占有部分の明渡を求めると述べ、右地代家賃統制令に基く賃料値上げにつき、控訴人はその都度口頭をもつて右訴外亀吉に対し請求したのであるが、念のため前記昭和二十八年六月二十六日附催告書において右値上げを一括請求した。仮りにしからずとするも、右値上げは法律上当然になされるものであると主張し、更に、請求原因を附加して、仮りに右解除にして理由がないとしても、控訴人から右訴外亀吉に昭和二十六年十一月二十日到達した無断転貸を理由とする賃貸借契約解除の意思表示には借家法第一条の二に定める要件(その正当事由は後述)を具備した解約申入を包蔵するものであるから、法定期間である六ケ月を経過した昭和二十七年五月二十日をもつて賃貸借契約は終了し被控訴人等は同日以降明渡義務がある。更にまた、前記昭和二十八年六月二十六日附催告書において併せて後記のような正当事由に基く解約申入をなしたから法定期間の満了する昭和二十八年十二月二十七日以降本件賃貸借は終了し、同日以降被控訴人等は本件家屋の各占有部分を明渡す義務がある。(被控訴人滝本以外の各被控訴人等に対して右賃貸借契約終了の通知は一括して同年七月六日の本件和解期日において被控訴人代理人に対しこれをなした。)控訴人が解約申入をなすについての正当事由とは次のようである。

控訴人は土木建築請負業を営み、現在訴外宮坂直三郎所有の肩書住所地所在の家屋を賃借し、妻(六十三歳)長女(三十一歳)二女(二十九歳)三女(二十六歳)と共に居住し、板の間を事務所にあてているが、長女は数年来カリエスを患い殆んど臥床中の身で専用の病室を必要とし、二女、三女はいずれも婚期にあつて近く結婚して世帯を別にすることになつているので、この際控訴人夫婦は自己の所有である本件家屋を改造して事務所並びに居宅を改造して事務所並びに居宅を本件家屋に移す必要がある。他方、控訴人の代人(営業に関する一切の代理権を有し番頭支配人にあたる。)大久保豊三郎が妻子七人を抱えて埼玉県所沢町に居住し控訴人の事務所まで遠距離通勤のため営業上何かと支障多く早急に控訴人の身辺に居を定めさせる必要があり、他の使用人伊藤秋造は目下妻子四人と共に新宿区戸塚町に間借生活を営んでいるが、その部屋も立退を求められている状態でその居住先も心配してやらなければならず、更に他の使用大工二名も常時働かせる都合から手元に居住させる必要があるので、一日も早く本件家屋の明渡を得て使用人等をこれに収容し、自らの生活の本拠と営業事務所を整備する緊急の必要に迫られているのに反し、賃借人たる訴外滝本亀吉は既に他に転出安住の居宅を得て何等本件家屋を必要とせず、姪の被控訴人滝本いと江を管理人として貸室によつて利得しておりながら長期に亘つて賃料を支払わない。のみならず右訴外亀吉は下宿人等をしてその設備のない部屋で自由に炊事をさせるため、建物の汚損激しく火災の危険も大で、炊事用水による建物の朽廃は急速にその度を加えており、その炊事用水は階下控訴人作業場にも漏水し、製品は勿論作業にも重大な支障を来たさせているのであつて、以上のような賃借人の著るしい不信行為は賃貸借契約の継続を困難ならしめ、これを解約する正当な事由が存するものである。仮りに上来主張してきた解除或いは解約の申入がいずれも理由がないとしても、賃借人に前記のような不信行為の存するときは、賃貸人は民法第五百四十一条に定める催告をしないで直ちに賃貸借契約を解除できるから、控訴人は昭和二十八年十一月十七日賃借人右訴外亀吉に到達した書面をもつて、右理由に基き契約解除の意思を表示した。よつて被控訴人等は本件家屋に居住することを控訴人に対抗し得る権原なく同日以降これを控訴人に明渡すべきである。右訴外亀吉は本件家屋のうち別紙目録記載の各室を、被控訴人野呂田芳成に対しては一ケ月金四百円、同大林秀夫に対しては一ケ月金三百円、その他の被控訴人(滝本いと江を除く。)に対しては別紙目録記載の通りの各賃料を徴収しており、被控訴人滝本いと江の占有居住する部屋の賃料は一ケ月金千円をもつて相当とする。なお、控訴人の正当事由に基く解約申入の主張が時機に遅れた攻撃方法であるとの被控訴人の主張に対し、右はいずれも新事実に基くものであるから、時機に遅れた攻撃方法でないと述べ、被控訴人等は、昭和二十八年六月二十七日及び同年十一月十七日にそれぞれ控訴人主張のような内容の書面が訴外滝本亀吉に到達したこと、賃貸借終了の通知が被控訴人等に対し同年七月六日になされたこと、被控訴人等の大部分が各自室で炊事していること、被控訴人等の占有する各室及びその賃料もしくは賃料相当額が控訴人主張のとおりであることは認める。被控訴人滝本いと江は右訴外亀吉の管理人であり、その他の被控訴人等は右訴外亀吉の下宿人であつて、昭和二十四年頃以後は食糧事情のため賄を停止し、下宿人等は自炊または外食しているが、食糧事情好転に伴い賄を再開する予定である。控訴人と右訴外亀吉との間の本件家屋に関する賃貸借の内容が、控訴人主張のような賄付下宿でなければならぬという特約の存した点及び現在の約定賃料の点を除いて、控訴人主張のとおりであることは認める。右の如き特約は存在せず、元来下宿業を営むことを承諾したことは第三者に家屋の一部を占有使用させることを予め包括的に承認したのであるから無断転貸ではない。また本件家屋の現在の約定賃料は昭和二十五年五月から現在に至るまで一ケ月金三百円の割合であつて、右賃料はすべて弁済供託済みであるから賃料不払を理由とする賃貸借契約解除は無効である。もつとも、昭和二十六年十月分から昭和二十八年七月分までの賃料は同年七月七日に供託し、控訴人の催告した支払期限(同年七月一日)に遅れたけれども、右は当時本件訴訟につき和解が進行中であつて同年同月六日に和解期日が指定されており、もし和解成立の暁は延滞賃料は移転料等と共に和解条項中に含めて処理されるのが普通であるから特に供託を差し控ていたのである。しかるに予期に反して和解は不調となつたので、直ちに翌七日滞納全額を供託したのであつてこれをもつて契約解除の条件成就とするのは不当であり、権利の濫用である。なお、控訴人の解約申入につき正当事由の存する旨の主張を争い、かつ、右の如き攻撃方法は時機に遅れたものであると述べたほか、当事者双方の事実上の主張は、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

(一)  訴外滝本亀吉が本件家屋をその所有者である控訴人から昭和十五年以来賃借し、賄付下宿業を経営していたが、昭和二十四年頃以降は賄を廃し、自炊または外食の下宿業を営んでいることは当事者間に争がない。

控訴人は右訴外亀吉が賄付下宿業から自炊または外食の下宿業に変えたので、右下宿人に対する室の賃貸借は不法転貸であると主張するけれども、下宿は通常室の賃貸をもつてその主たる目的とするのであつて、賄付の場合においても右に異るものではないから、賄付下宿を廃して自炊または外食の下宿業に変更しても、後の場合の賃貸を目して不法転貸であるとすることはできない。控訴人は右訴外亀吉に本件家屋を賃貸する際、賄付下宿業のみを営み下宿人には自炊をさせないことの特約をしたのであるから、右訴外亀吉の行為は右特約に反するものであり、従つて結局不法転貸に帰着すると主張するけれども、控訴人の当審における供述(第一、二回)中右特約の存在を肯定する部分は俄かに措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠がないから控訴人の右主張は理由がない。

(二)  控訴人と右訴外亀吉との間の本件家屋に関する賃料が昭和二十五年一月以降一ケ月金五百円に改定されたことは控訴人の原審における供述によつてこれを認めることができ、右訴外亀吉が昭和二十六年十月一日以降の賃料を控訴人に対し支払つていないことは被控訴人等の争わないところである。しかし、地代家賃統制令に基く修正率の改定により右昭和二十六年十月一日以降の本件家賃が控訴人の主張するとおりの額になつたことを肯定するためには、控訴人において賃借人たる右訴外亀吉に対し右値上げの請求をしたことを証明しなければならないのであるが、この点に関する控訴人の当審における第二回供述をもつてしては未だ右の点を肯定するには不十分であり、他にこれを認定するに足りる資料はない。控訴人は昭和二十八年六月二十六日附催告書をもつて一括請求したと主張するけれども、右値上げの請求は将来の部分についてだけ効力を有するものであつて、過去の部分には効力を生じないと解すべきものである。(これは過去の賃料が支払済であると否とに拘らない。)また、控訴人は右値上げは法律上当然生ずる如く主張するけれども、右見解は今日一般に認められず、当裁判所もまたこれを採らない。従つて控訴人が右昭和二十八年六月二十六日付催告書をもつて右訴件亀吉に対してなした家賃の催告は結局過大の請求であると云わなければならない。過大の催告が付遅滞の条件として有効であるがためには若し債務者が催告の額より少い正当金額を提供したとき債権者においてこれが受領を拒絶しないであろうことが認められることを要し若し、債務者が催告の額より少い金額を提供した場合には債権者においてこれが受領を拒絶するであろうことが認められる場合は右催告は無効たるべきものである。控訴人の本件においてなした右催告は一応後者の趣旨と解すべきである。故に控訴人の右催告に付遅滞の効果を生ぜず、従つてまた、契約解除の効果を生ぜしめることはできないものと云わなければならない。この故に控訴人の右理由による賃貸借解除を原因とする請求は失当たるを免れない。

(三)  控訴人が右訴外亀吉に対し昭和二十六年十一月二十日不法転貸を理由に同訴外人との間の本件家屋に関する賃貸借を解除する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争はない。而して右解除の意思表示は本件の場合に於て解約の申入を包含するものであるとなすことができる。控訴人の主張する右解約の正当事由中右訴外亀吉が本件家屋において下宿人等をしてその設備のない部屋で自由に炊事をさせるため建物の汚損激しく火災の危険も極めて大であり、炊事用水による建物の朽廃の虞も大きく、右炊事用水は時に階下の控訴人の作業場にも漏水し、製品は勿論作業にも支障を来たすことは当審証人伊藤秋造並びに控訴人の原審及び当審における各供述によつてこれを認めるに足り、更に右控訴人の供述によれば、控訴人は屡々右訴外亀吉またはその管理人たる被控訴人滝本いと江(同被控訴人が管理人であることは控訴人において争わないところである。)に対し下宿人等がその設備のない場所においてなす炊事を中止させるよう要求したに拘らずその効がなかつたことを知ることができ、以上の認定に抵触する証拠は本件において存しない。控訴人と右訴外亀吉間の本件家屋に関する賃貸借が期限の定めのないものであることは当事者間に争がない。しかして右認定事実は賃貸借の解約申入に関する正当事由となすに足りるから控訴人のなした解約の申入は有効であり、従つて、控訴人と右訴外亀吉間の前記賃貸借は右解約申入後六ケ月を経過した昭和二十七年五月二十日をもつて終了したものと云わなければならない。

(四)  被控訴人滝本いと江を除く爾余の各被控訴人等は本件家屋の転借人であるから右解約による転貸借の終了は右解約の旨を右各被控訴人等に通告して後六ケ月を経過してその効力を生ずるのであるが、右通告は昭和二十八年七月六日になされたことは当事者間に争がないから、右被控訴人等に対しては同日から六ケ月を経過した昭和二十九年一月六日をもつて前記解約の申入による控訴人と右訴外亀吉間の賃貸借終了の効果が生ずることとなる。故に被控訴人滝本いと江を除くその他の被控訴人等は同年同月七日以降その転借にかかる各室を控訴人に対して明渡すべきものである。

被控訴人滝本いと江は賃借人たる右訴外亀吉のための管理人であつて転借人でないのであるから、同被控訴人に対しては前記解約による賃貸借の終了を即時対抗でき、従つて、同被控訴人は前記昭和二十七年五月二十一日以降控訴人に対しその占有する室を明渡すべきものである。

(五)  控訴人は昭和二十八年十一月十七日右訴外亀吉に到達した書面をもつて前記正当事由として認定した事実と同一の事実によつて右訴外人との間の本件家屋に関する賃貸借を即時解除する意思表示をなしたことは成立に争のない甲第八号証の一、二によつて認めることができる。しかして右事実は賃貸借を継続し難い重大事由となし得るから、本来右控訴人のなした賃貸借解除は有効であるけれども本件においては、すでにこれ以前に解約により賃貸借は終了していること前段判示のとおりであるから、右解除は新たに効力を生ずる余地なく、従つて、この効果をもつて被控訴人等に対抗することはできない。

(六)  被控訴人等は前記解約の主張をもつて、時機に遅れた攻撃方法であると主張するけれども、如何なる事実を主張するかの価値判断は一般に困難であるから、これに基く攻撃方法の主張の多少の遅延は重大な過失によるとみるべきものではない。故に被控訴人等の右主張は理由がない。

(七)  本件家屋に関する控訴人と訴外滝本亀吉間の賃貸借は昭和十五年以来継続していたものであることは当事者間に争ない。従つて本件家屋には地代家賃統制令の適用があることは明らかである。一般に、家屋の明渡義務を負う者が、これを明渡さないことにより与える損害は、特段の事情のない限り、その賃料額をもつて、その相当額とするものであるが、家賃に統制額のあるときは、その最高統制額を超えて、その損害賠償の請求を認めることはできない。いま本件についてこれをみるに、被控訴人等に関しては建物の一部についての家賃について統制額の定める場合にあたるのであるが、右統制額を算定すべき基準となる被控訴人等の各専用面積、共益費等に関して何等立証されていないので(各被控訴人等の占有する室は当事者間に争ないが、成立に争ない甲第三号証によれば、被控訴人等の占有する各室にはそれぞれその専用とみられる押入、床等が附随し、これらがその専用面積に加算されるべきことは容易に看取できるところであるのに拘らず、右押入等の面積が明らかにされていない。)、果して統制額が幾何であるかはこれを認定するに由なくまた、その専用面積が明確でないので、統制額の範囲内であることの明らかな一定金額(例えば、本件家屋全体についての統制額は一応立証されているので、これを下廻る或る金額)を基準にして各被控訴人等に按分比例することもできず、結局その相当損害金を認定することができないので、控訴人のこの点に関する請求は全部失当として棄却せざるを得ない。

(八)  よつて控訴人の本訴請求は以上の範囲において理由があるがその余は失当として排斥すべきものである。しかるに原判決は控訴人の請求を全部棄却しているので取消を免れない。

(九)  訴訟費用の裁判は民事訴訟法第九十六条第九十二条により、また、仮執行の宣言は同法第百九十六条によるべきものである。

(裁判官 安武東一郎 綿引末男 福森浩)

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